将来への手紙
朝の特別番組をチラリと見たのですが、新大陸のダイアモンドを算出する国の人たち、月収200円平均。
それは今のこの国からは考えられないほどの生活をしているのだけれど、人材交流をグローバルな視点から見ていくと、この国でよく言われる勝ち組負け組論なんてすっ飛んでしまう話でした。
国や民族の概念が無くなる日は来ないのかも知れないけれど、それを思えば豊かになる という考え方にもう少し敬意を払うべきと感じます。
この国で餓死者が出れば、それは新聞やテレビを初めとするメディアで大々的に取り上げられることは必至。ところが毎日数百人の餓死者を出すこの特番に出ていた国では、周囲5mの悲しみでしかない という現実に激しい自省を覚えます。
ダイアモンドの輝きは永遠です の影にどれだけの暴利を貪っている連中が存在するか? そしてその産出国の貧困をどう説明するのか?
私はそういった議論を一番嫌っていた人間かも知れません。
しかしそこに横たわる略取の現実とそれを謳歌する人々の存在には、ある意味虫酸走る感覚の方が強いと感じています。
これは新大陸の国の話だから映像の鑑賞に堪えられる話で、自分の町の中で、また自分の親戚が という話になれば、受ける感覚は大きく違う筈なのですよね。というか、想像すら出来ないのが現状です。自分の子供が餓死する とその姿を想像できる人間はこの国にはいない筈です。
交通手段の発達は、この世界をとても狭くしていきます。そして情報通信の発達は今後、この新大陸の片隅にある国すら隣町のような感覚で人々が知ることになる。そしてそれが真のグローバリゼーションというのでしょう。
上を見ればきりがない と同様に、ひとつ世界を跨ぐと下を見る方がもっときりがない ということを理解しなければ。
いつかその時代が来るのですね。その時は私の孫の時代かも知れないし、もっと後なのかも知れないけれど確実に来ることは実感できる。その時に、あー じいさんが言っていたな! その時、私を知っている人たちには、この様にして欲しいと 思っていることを残していきたいと思います。
それは違った形で書き記しておこうと。
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