働くということ 1
公務員の副業が発覚し、役所を辞職したという報道を見て、激しく疑問に感じたのが、田舎に行くと役場勤めの公務員が何の問題もなく農業を兼業としている実態はどうなるのだろう? ということでした。
バーテンダーはダメで農業はOKなのかしら?
この線引きは何処がするのだろう? と。
公務員改革で公務員の給与が今の半額になれば、副業OKという法律が通るかも知れないけれど、今、農業を兼業している公務員の胸の内を是非聞いてみたい と思います。
農業を手伝っているだけで報酬を得ていない という理屈は通らないでしょう。
今年に入って、週休3日になった会社があり、そこに勤務している人は会社側からアルバイトを推奨された という話を聞きました。当然、休みが増えている訳だから報酬は下がっている訳ですが、それはそれで寂しい話のような気もするのですね。出勤する必要がない と言われている様な気がしませんか?
この様な勤務体質というのは、自分の労働をを時間単位で売っている という形態が見え隠れし、仕事はやり甲斐だろう! 派の私にはとうてい理解できないものなのかも知れません。やり甲斐だから自分の時間を犠牲にして・・・と反論が来そうですが、犠牲という感覚が私の世代にはあまりないのですね(いや、しっかり持っている方もおられるのでしょうが、少数派と思っています)。
雇用者は働いて戴いている、労働者は働かせて戴いている と相互を思いやる経営なんて、きっと今の世ではカビが生えてきた思想なのでしょう。
しかし、「働く」という事を私から取り上げてしまうと、そこには精神に鬱を来した何とも扱いづらい中年@デブが残るだけ と自分自身で理解しています。
また派遣労働者の解雇問題で揺れた昨年末からの一連の流れで、仕事の有り難さ を改めて実感できた方もいる筈。
仕事って社会的欲求の具現化としての趣もあるのだろうけれど、自己実現の場 の趣の方が私には強いようです。
公務員のアルバイトから話が飛びましたが、働くことが出来るだけで嬉しいじゃありませんか?
話が長くなってきているので、派遣労働についての考えは別建てで。
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