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2009年7月

働くということ 1

公務員の副業が発覚し、役所を辞職したという報道を見て、激しく疑問に感じたのが、田舎に行くと役場勤めの公務員が何の問題もなく農業を兼業としている実態はどうなるのだろう? ということでした。
バーテンダーはダメで農業はOKなのかしら? 
この線引きは何処がするのだろう? と。
公務員改革で公務員の給与が今の半額になれば、副業OKという法律が通るかも知れないけれど、今、農業を兼業している公務員の胸の内を是非聞いてみたい と思います。
農業を手伝っているだけで報酬を得ていない という理屈は通らないでしょう。

今年に入って、週休3日になった会社があり、そこに勤務している人は会社側からアルバイトを推奨された という話を聞きました。当然、休みが増えている訳だから報酬は下がっている訳ですが、それはそれで寂しい話のような気もするのですね。出勤する必要がない と言われている様な気がしませんか?

この様な勤務体質というのは、自分の労働をを時間単位で売っている という形態が見え隠れし、仕事はやり甲斐だろう! 派の私にはとうてい理解できないものなのかも知れません。やり甲斐だから自分の時間を犠牲にして・・・と反論が来そうですが、犠牲という感覚が私の世代にはあまりないのですね(いや、しっかり持っている方もおられるのでしょうが、少数派と思っています)。
雇用者は働いて戴いている、労働者は働かせて戴いている と相互を思いやる経営なんて、きっと今の世ではカビが生えてきた思想なのでしょう。
しかし、「働く」という事を私から取り上げてしまうと、そこには精神に鬱を来した何とも扱いづらい中年@デブが残るだけ と自分自身で理解しています。
また派遣労働者の解雇問題で揺れた昨年末からの一連の流れで、仕事の有り難さ を改めて実感できた方もいる筈。

仕事って社会的欲求の具現化としての趣もあるのだろうけれど、自己実現の場 の趣の方が私には強いようです。

公務員のアルバイトから話が飛びましたが、働くことが出来るだけで嬉しいじゃありませんか? 

話が長くなってきているので、派遣労働についての考えは別建てで。

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将来への手紙

朝の特別番組をチラリと見たのですが、新大陸のダイアモンドを算出する国の人たち、月収200円平均。
それは今のこの国からは考えられないほどの生活をしているのだけれど、人材交流をグローバルな視点から見ていくと、この国でよく言われる勝ち組負け組論なんてすっ飛んでしまう話でした。
国や民族の概念が無くなる日は来ないのかも知れないけれど、それを思えば豊かになる という考え方にもう少し敬意を払うべきと感じます。

この国で餓死者が出れば、それは新聞やテレビを初めとするメディアで大々的に取り上げられることは必至。ところが毎日数百人の餓死者を出すこの特番に出ていた国では、周囲5mの悲しみでしかない という現実に激しい自省を覚えます。
ダイアモンドの輝きは永遠です の影にどれだけの暴利を貪っている連中が存在するか? そしてその産出国の貧困をどう説明するのか?

私はそういった議論を一番嫌っていた人間かも知れません。
しかしそこに横たわる略取の現実とそれを謳歌する人々の存在には、ある意味虫酸走る感覚の方が強いと感じています。

これは新大陸の国の話だから映像の鑑賞に堪えられる話で、自分の町の中で、また自分の親戚が という話になれば、受ける感覚は大きく違う筈なのですよね。というか、想像すら出来ないのが現状です。自分の子供が餓死する とその姿を想像できる人間はこの国にはいない筈です。

交通手段の発達は、この世界をとても狭くしていきます。そして情報通信の発達は今後、この新大陸の片隅にある国すら隣町のような感覚で人々が知ることになる。そしてそれが真のグローバリゼーションというのでしょう。

上を見ればきりがない と同様に、ひとつ世界を跨ぐと下を見る方がもっときりがない ということを理解しなければ。

いつかその時代が来るのですね。その時は私の孫の時代かも知れないし、もっと後なのかも知れないけれど確実に来ることは実感できる。その時に、あー じいさんが言っていたな! その時、私を知っている人たちには、この様にして欲しいと 思っていることを残していきたいと思います。

それは違った形で書き記しておこうと。

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日の丸に蔓

何故この国の元国営航空会社を潰さないのか理由がどうも分からない。

あんなのに政府保証をつけて銀行から借り入れをさせるなんて。
これはとんでもない利権が絡んでいるとしか考えられないのですが。

片や民航として設立以来虐められ続けたこの国No.1の航空会社は健全に近い経営をしている訳で、もう一方がドロップアウトしてしまえば、寡占事業として航空運賃が値上がりする という悲劇も待っているのでしょうが、あんなデタラメな運営をしている航空会社の飛行機には、倒産しなくても乗りたくないというのが私の本音ですよ。

GMじゃないけれど、政府の管理下に置いて再生させるために一度全員の首を切った方がよいのじゃないでしょうか? 飛行機の運転手なんて海外で驚くほどの飛行時間も経験も積んだ人間が(もちろん軍絡みで)山ほどいる訳なので高給を払って遇する必要も無い。
さっさとつぶしちまえ! と。
税金をかけて救う羽目になるくらいなら、他にやるべき事があるだろう!
と思いません?

今の社長はこの不況時に年収1000万円でやっている と海外のメディアから絶賛だったけれど、じゃ社員のそれはどうよ? となると、これは普通に高給取りな訳で、それ半減させても出直すくらいの覚悟でないと救いたくないというのが普通の方の本音でしょう。
この温度差すら理解できずに税金は無いと思うのです。

民営の会社という謙虚な考え方をしないと、上空でなく地面の上で舵の切り方を間違えちゃいますよ。
あそーさんのベホマもそろそろ効力が無くなる頃だし・・・。

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薄い水色を突き抜けて

もう夏至を過ぎ7月に入ってしまった。
そんな話を聞いて毎日見上げている空の色に変化を感じ始める。

小さい頃、夏休みが始まりそれなりにやる気を持って7月下旬に突入し、涼しい内に勉強、昼ご飯を食べたら山や海へ。
何しろ、私が小さい頃、朝のラジオ体操は強制的な出席を余儀なくされていたので、休みだからといって朝のグズグズは無かった訳で。

こんな日課を繰り返しながら、驚くほど早い10日間を過ごしてしまう。
その時の空は、最近見上げている薄い水色に繋がっていた。
これがカレンダーが一枚捲れるだけで、気持ちの中で微妙な変化が起きてくる。空の色が夏独特の群青色をどこかに滲ませ始め、それは夏の経過を小さな私に無理矢理知らせる色でもあった。
決して群青色が嫌いな訳ではない、というよりもその色に対する思い入れは他の人より多いかも知れない。が、群青色の空を心の中にイメージしただけで猛烈な焦りを覚え出すのである。
盆を過ぎた辺りの空の色は、もう後○○日しかない、と毎年巡ってくるはずの夏休みの筈が今年で最後のような焦燥感に駆られ、その頃には大幅に狂った夏休みに入る前の日課予定が、気持ちに重くのしかかって来ていた。

ユーミンの唄に「14番目の月」という歌がある。次の日から欠けていく頂点よりも頂点を前にした高揚感の方が好きだ という内容のように覚えているが、正に夏休みの中の経過はその様なものに通じている と私の中には頷ける部分が多い。

いま薄い水色に包まれ、建物の中から眺める午前の空は、何もかも溶かしてしまう昼下がりの白い光に包まれた空を想像し、これから始まるだろう 暑い夏への期待を持って見ることが出来る。
夏になれば何かある訳でなく、ただ暑いだけなのであるが、それでも小さい頃から刷り込まれた「原風景」を私は夏に抱いてしまう。
あの頃体験した暑さの数十倍の暑さ を感じる今となっても。そして、秋が近づいたことを知らせるが如き群青色の雲がまだまだ先なのだ という妙な安心感と共に。
思いっきり長く、この空が続くことを祈って。
来年もこの空の色の時が来る! と分かっていても、今年の色が長く続いて欲しいと。

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